E3の1面クリアしたでぃす
強力友軍を選択してボスマスに行ったら、友軍が駆逐艦二隻でチベスナ顔になったけど、日進が旗艦をスナイプして倒してくれたでぃす
後で知ったことだけど、強い友軍は日進を抜かないと来ないっぽい?
でも二隻とも旗艦のHP削ってくれたのでスナイプ成功したかもだし、複雑かも
イベントの終了日決まったっぽい
OマスA勝利やばいかも
ボスみたいな強さで友軍いないのまじやばいかも
艦これのクラウドなんとかがすごいっぽい
すごいなぁ、ぼくにはとてもできない
お金っていえば、とうらぶの課金単位の甲州金って、武田信玄の甲州金がモデルっぽい?
でも今のところ上杉の刀は出てるのに武田関係の情報ほぼないでぃすし、徳川関係のイベントやストーリー多めだし、とうらぶの貨幣って徳川幕府時代のが基準になってるのかな
徳川家康って武田信玄大好きで、貨幣の単位も真似してたっぽいし
とうらぶって小判が出てくるけど、実際の小判って包みにして開封しないまま流通してたっぽい
今でたとえるなら束にしたまま万札を使うみたいな感じ
なんでかってゆーと、小判にあまりに価値がありすぎて、一般に出回らなかったっぽい
(小判1枚でお米が3、4石買えちゃうっぽい
ちなみに1石=お米150キログラム
小判一枚で450~600キログラム分のお米の価値があるってことでぃすね
お米の俵の重さは、1個60キログラムくらいなので、俵10個分くらい?
一般人が気軽に使える金額じゃないことはたしかでぃすね)
元々は豊臣時代に作られた大判を小型化して一般向けに流通させるつもりだったらしいでぃす
でも小判が使われてたのは徳川の影響力の強い関東周辺がほとんどだったっぽい
金鉱が限られた場所すぎて一般向けにするほど量産できなかったっぽい?
なので価値が下がらなさ過ぎて流通しなかったっぽい?
ちなみに大判は包まず裸で取引されたっぽい
徳川時代でも大判は作られ続けたけど、こっちは今でたとえるなら金のインゴッド扱いだったっぽい
数え方も両じゃなく、金一枚って数えられてたっぽい
戦国時代には戦闘で勝った時の恩賞とか贈答用に使われてたっぽい
でも戦国時代の金一枚はお米40~50石って感じで価値にブレあって、その価値を全国で統一したのが豊臣家っていう
大判には五三桐が書かれてるけど、あれって豊臣時代からなんでぃすよね
徳川の時代になっても豊臣の家紋の五三桐はそのまま使われてたっていう
ま~桐紋は日本十大家紋ってゆーくらいあちこちで使われてる紋なので、豊臣って意識は薄かったかもだけど
織田信長も裃に五三桐つけてたし、江戸時代には武家だけで473家、庶民の間でも使われまくってためっさメジャーな紋っぽい
今の500円玉も桐紋だし、500円玉で大判を持ってる気分が味わえるかも?
(たぶん一番大きい硬貨だから大判ってことなんだろーなって)
ってことは、稲穂がある今回の新刀剣男士は五円玉かな?江だけに
そんな感じのことを考えながら里イベで新刀剣男士をゲットすると楽しめる、かも?
ちなみに大判も小判も作ってたのは、後藤藤四郎の元主の後藤家っぽい
豊臣時代は京都で作ってたけど、徳川時代は江戸に移り住んだっぽい