天使なブログ

ゲームだったり本だったり徒然なるままに書くブログ

明日は後段

あと一日で後段かいほーだし、後段見てからE3行こーかな

 

 

津田さんの結婚報告あったみたいでぃすね~

せっかくなので、演じてる日本号にちなんで日本の槍の歴史っぽいこと書いてみるっぽい

 

槍の記述で一番古いのは760年に書かれた「藤氏家伝」って書物っぽい?

のちの天武天皇になる大海人皇子が宴会で酔った勢いで槍を宴会場の床に刺して、それを見た天智天皇が激おこしたってゆーちょっとアレな話っぽい

ちなみにこの天武天皇が「日本書紀」と「古事記」の編纂をしたり、「天皇」を称号に決めて、「日本」を国号とした最初の天皇っぽい

天智天皇大化の改新した中大兄皇子でぃすね

 

槍がいつから日本にあったのかよくわかんないけど、

古墳時代前期には両手で使う槍で、密集隊形で戦ってたっぽい

それ以前の時代より鎧の質がよくなったのと、弥生時代は盾と鉄太刀(大陸からきた日本刀の先祖っぽい)と弓の戦いが主流だったっぽいので、距離をとって攻撃できる槍がいい感じだったっぽい

古墳時代中期には槍から、乱戦になったときに振り回せる矛に切り替わったっぽい

古墳時代後期に矛対策に守り固くしなきゃってことで、原点に戻ってまた盾と鉄太刀を使い始めたっぽい

平安時代末期からは距離をとって攻撃できる薙刀が人気になったっぽい、テラいたちごっこで草はえ

槍はあんまし人気なかったっぽい?

少なくとも平安鎌倉時代では戦闘で使われたって記述は見つかってないっぽい?

 

でも鎌倉時代にあった元寇で元軍が使って以降槍が広まったっぽい

南北朝時代には武士だけじゃなく一般人も戦闘に加わるよーになって、槍は未熟な人でも容易に使えるので武士以外の身分にも槍は急速に広まったと思われ

 

槍は鎌倉時代までは狩猟用扱いで、作るのも刀鍛冶じゃなく農作業の道具を専門に作る野鍛冶や大工鍛冶の作るものって扱いだったっぽい

鎌倉時代の武士も武士の使う武器とは見てなかったっぽい

 

元寇の後の室町時代には刀鍛冶も槍を作るようになってきたけど、それでも刀鍛冶と槍鍛冶は基本別物扱いだったっぽい

馬上で槍を使うのがふつーになったのは室町後期で、戦国時代には接近戦で騎乗で槍使うのは多くなってたっぽい

でも江戸時代になってもまだ刀鍛冶とは分けられてたっぽい

 

江戸時代は太平の世がながーく続いたので、槍の武術は刀より廃れるのが早かったって言われてるっぽい

なんでここまで活躍して不遇かってゆーと、槍は実用の消耗品扱いで量産品が多くて、刀みたいに観賞用にも使われてなかったっぽい

大坂の陣以降は大規模な武士同士の戦もなかったので、大坂の陣までの大きな戦で活躍した人が過去の武勲をしめすために飾るのはあったっぽいけど、

戦国時代に足軽とかに配られた槍は武士が持つのと違って簡素な消耗品だったので観賞用にもならなかったっぽい

御手杵たちも回想で言ってた無用の長物って時代でぃすね

まぁ戦国時代に戦場に豪華な装飾つけた槍持っていったらその装飾をはがされて盗まれたって話もあるくらいだし、いい槍あっても見せたくない武将が多かったのかもしれないけど

 

でも幕末になってペリー来航があって、槍がめっさ売れたりとか急に需要が増えたっぽい

なんで需要が増えたかは、ま~幕末なのでお察しでぃすね

坂本龍馬の友人で襲撃のときも一緒にいた三吉慎蔵って人は、そのとき持ってた短い槍で幕府の役人と応戦、坂本龍馬はその後ろから銃撃ってたっぽい

三吉慎蔵はあの当時でも珍しい槍の名人で、近江屋のときはいなかったけど、もしいたら坂本龍馬は生きてたかもでぃすね

 皮肉な話だけど、刀より実用性がありすぎるせーで、逆に実践がないと人気ないんでぃすよね槍って

 薙刀は名品だとすりすりして脇差になったりもするけど、槍だと難しいし

 

 

以下、兼さんと堀川の極ネタバレあるので注意

 

 

 

 

 

あまり関係ないけど、兼さんの台詞で、昔ながらの刀や槍を使った戦、って言ってるのって、いかにも太平が続いた江戸時代後期の人間の発想だよねって

槍が戦場で使われるのがメジャーになったのは室町以降で、平安鎌倉では槍は狩猟くらいでしかあんまし使われないマイナーな武器だし

平安や鎌倉の刀剣男士が昔ながらの槍って言われると古墳時代にまで遡ることになるの草はえ

極堀川くんが兼さんは幕末しか知らないって台詞あるけど、まじで幕末しか知らないんだなって