天使なブログ

ゲームだったり本だったり徒然なるままに書くブログ

さてさて

江戸7周目は清麿3口目と同田貫だったでぃす

 

 

以下、髭切の手紙3通目のネタバレでぃす

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この手紙の鎌倉幕府成立がどれのことを指してるかわかんないけど、もし1185年なら、義経が京の都を去った後に髭切も見届けるのやめたって可能性もありそーっぽい

双剣だから弟のいない場所に興味ないとかそんな感じっぽい?

 

 刀剣男士の髭切は逸話、ってゆーか「源平盛衰記」の影響が強そーな存在みたいだし、元ネタになってる頼朝以降の源氏とはあんまり関係なさそーではあるかも

 

 まぁ頼朝が幕府作る前も、源氏が仲良かったかってゆーとアレだけど

 平氏との戦いの真っ最中でも源氏ともコロコロしあってたし、なんなら終わった後も源氏同士でコロコロしあってたまであるし

 頼朝って義経にだけあたりが厳しい人みたいなイメージあるけど、実際はそれ以外の親戚にもコロコロやりまくってたから親戚がすごい少なくなってて、実子で二代目将軍の頼家は味方になるような血縁者が少なかったとかなんとか

 そこを北条氏につけいられてあんなことになったみたいな

こう聞くとひどい人っぽいけど、これでも源氏の中では比較的おとなしい部類なんでぃすよね頼朝って

他なら親子同士でコロコロになっててもおかしくないのにそれはやってないでぃすからね、むしろすごい息子をかわいがってたとかなんとか

義経も源氏にはよくあるその場の勢いで兄弟をコロコロしにいったりせず、おとなしく京の都を去ったので判官びいきされるほどの聖人扱いになったし

当時の人たちに源氏が内心どう思われてたのかよくわかるでぃすね

 万事こんな感じの源氏を加護するとか神様でも無理ゲーだったってオチでぃすね

 なんかこー書くと付喪神ってゆーより座敷童みたいだけど