七星剣鍛刀イベはおそらきれいだったでぃす
もうすぐ七夕でぃすからね、しょうがないね
手紙届いたでぃす
以下手紙のネタバレ
怪談が嫌なんでぃすね
本人的には気になるんだろーけど、個人的には歴史改変するレベルに気にしてるのは意外だったかも
メンテおわた
ログインしたけど、なんかいきなり「戦え」とか言ってるんですけど
こんのすけがなんか近づいてるとか言ってる
イベントの前フリかな?
なーちりーを修行に出したでぃす
久しぶりに収穫物集めて景趣ゲットイベントきたでぃすね
集めるのは栗と天竺牡丹っぽい
ネタないでぃすね
今日は1224年に北條泰時(ほうじょう やすとき)が執権になった日でぃすね
名前だけだとぴんと来ない人もいるかもだけど、「御成敗式目(ごせいばいしきもく)」を作った人、って言ったらわかりやすいかも
承久の乱ってのがあって、鎌倉幕府側が勝利したんだけど、それで朝廷側が持ってた西日本の土地が一気に鎌倉幕府側のものになったっぽい
なので、その土地を幕府についた御家人に報酬として渡して、その御家人が年貢とるようになったんだけど、幕府からは年貢をとるだけの権力しか与えられてなかったのが、だんだん鎌倉幕府の権力をふりかざして年貢の量を勝手に増やして私腹を肥やしたり、強引に土地を奪ってその土地の所有者とトラブルを起こすのがあちこちであったっぽい
一方その頃の鎌倉幕府では1225年に政治的につよつよだった大江広元と北条政子が亡くなって、ただでさえ北条氏は政治的にあやうくなってたのに、さらに各地で御家人が起こしたトラブルが重なって、もう今までのやり方じゃ無理ってことになったっぽい
御家人が鎌倉幕府の権力を勝手にふりかざしてトラブル起こし続けたら、やっぱり朝廷の方がよかった、って意見が強くなるの目に見えてるでぃすもんね
なので、強権の人が何とかしてくれる政治じゃなく、もめごととかは話し合いで解決する政治でいこーってことになったっぽい
ってことで、13人の御家人を集めた合議制の体制の「評定衆(ひょうじょうしゅう)」ができたっぽい
2代目将軍の源頼家も13人の合議制の機関作ってたらしいので、たぶんそれを真似たんじゃないかって言われてるっぽい
執権もこれまでは一人だったのを二人にして、つよつよ権限のある執権と、「連署(れんしょ)」ってゆーフォロー専門の執権ができたっぽい
でも13人だと話がまとまらない可能性が高いってことで、話し合いのときの共通ルールを決めようってことになって、それで京都の法の専門家から勉強受けて、1232年に作られたのが御成敗式目っぽい
それ以前は大陸の法を参考にしたもので、明治以降は西洋の法を参考にしたのと比べると、御成敗式目は日本独自の法って感じらしい
当時は公家が対象の法はあっても、武士のための法はなかったっぽい
しかも公家の法は漢文で書かれてるのでわかりにくかったので、武士用のわかりやすい法を作ろうって感じ
武士のための法ではあるけど、必ずしも武士に有利な法ってわけじゃなくて、訴訟当事者が誰であっても公正に機能するものとして作られたっぽい
御成敗式目が出来がいいってことで、後から公家や寺社にも似たような内容の法ができたっぽい
鎌倉幕府が滅亡した後も、御成敗式目は使えるってことで室町幕府や戦国時代でも使われて
明治時代に西洋の法を参考にするようになるまで使われてたっぽい
御成敗式目では女性が御家人になることも認められてたので、その影響で戦国時代には女性の城主はそれなりにいたっぽい
っていっても、女性が御家人になるケースってだいたいわけありのパターンが多いので、勝利側になることはほとんどないので歴史的には女武将はいることはいるんだけど目立たない感じ
あと誰を天皇にするかって本来は朝廷が決めるものだったのが、朝廷以外の人が決めた天皇を初めて即位させた人でもあるっぽい
この後も幕府が天皇を決めるようになって、朝廷の権力がよわよわになっていった影響が、のちの南北朝時代の話につながる感じっぽい